2014年 06月 22日

静岡 大井川水系の旅 ②



大井川を渡り、牧之原台地に広がる茶畑。
茶摘みのピークは過ぎましたが、まだ緑鮮やかな景色が眺められました。

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茶園整備の歴史


牧之原は、もともと諏訪原と呼ばれていましたが、武田信玄の命を受けて築城した諏訪原城が天正3年(1575年)に徳川家康により落城した際に、家康によりこの一帯を牧野ヶ原と改められました。
さらに、明治4年頃、地籍簿を作る際、牧之原と改称しました。
慶応3年(1867年)、徳川慶喜が大政を奉還し、駿府に居を定めた時、中條金之助影昭を隊長とした幕臣の精鋭隊(のちの新番組)が、護衛のため慶喜に随行し、静岡に移住してきました。
その後、世上も平穏となったため、護衛の職を解かれた中條率いる新番組の同士は、勝海舟の勧めにより、牧之原開拓に従事することになりました。
剣を鍬に持ち替えて慣れない開拓事業は、苦難の連続でしたが、中條の固い信念や統率力により、
見事に茶園として開拓されていきました。
また、同じ頃に職を失った大井川の川越職人たちも牧之原に入植し、開拓事業に加わりました。
そして、明治6~7年頃に始まった茶の生産は、明治12年には、横浜の製茶共進会に「川越人足開拓の茶」を出品し、入賞するほどにもなりました。
現在のように、牧之原が茶の圧倒的生産地になったのは、気候や土壌、交通の便の良さ等の地理的条件の他に、中條や川越人足を始めとする茶業関係者の努力の賜と言えるのです。
この時の功績を称え建立された、中條金之助影昭像は、今も牧之原台地の一角でこの大茶園を見守っています。

<静岡県公式HPより>





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次は、旧東海道の石畳を歩きました。

順不同になりますが、旅で紫陽花を撮ったフォトも交えていきますね♪


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by h_e_r_om | 2014-06-22 18:24 | 静岡 | Comments(4)
Commented by to-y_niya at 2014-06-22 21:41
旅・・・・・したいなぁ・・・・・って思いました^^
紫陽花♪ 優しいピンク♪ 癒されますね~
ヒロブルーがなくてちょっと淋しいですが・・・^^;
ラストのブルーの紫陽花、元気もらえました(^-^)
Commented by hanayoridango at 2014-06-22 23:44 x
大井川と牧之原台地の大茶園風景。。。うぅ~~ん、『お茶の静岡』。。。静岡ならではの風景ですね♪
静岡茶の始まりにそんな歴史があったとは知りませんでした。旅することでその土地土地の風景だけでなく歴史にも触れることが出来るっていいですよね。
季節柄、紫陽花も色を添えてくれていますね☆.。.:*・
Commented by h_e_r_om at 2014-06-25 14:33
✿ niyaさんへ
ありがとうございます♪
旅をして知らない世界に入ること..
日常で味わえないのがいいですよね~♪
日射しがあった日の紫陽花も、これはこれでいいかな~と。。^^;
淡いブルーは、みなヒロブルーってことで (-^〇^-)
Commented by h_e_r_om at 2014-06-25 14:33
✿ hanayoridango さんへ 
ありがとうございます♪
茶園は息を呑む景色でした! 「やっぱこっちー」は静岡ならではですねっ!^^
拝借物の解説で"お茶を濁してますが"^^;
その時代、その土地にヒーローは存在したのですよね~♪
旅の記事と併せて紫陽花も載せないと、終焉の時季になっちゃいますので~ヽ(´~`;


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